見てはいけないものを見て罰を受ける『雪女』
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昔話
日本の伝承をもとに、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が作品集『怪談』に収録したことで、知られるようになった『雪女』。
雪女は、雪深い日の夜、雪とともに白い着物を着て現れる妖怪です。
日本の昔話「雪女」
武蔵の国のある村に、茂作(もさく)と巳之吉(みのきち)という2人の樵(きこり)が住んでいました。
茂作はすでに老いていたが、巳之吉の方はまだ若く、見習いでした。
ある冬の日のこと、吹雪の中帰れなくなった二人は、近くの小屋で寒さをしのいで寝ることにしました。
その夜、顔に吹き付ける雪に巳之吉が目を覚ますと、恐ろしい目をした白ずくめの美しい女がいました。
巳之吉の隣りに寝ていた茂作に女が白い息を吹きかけると、茂作は凍って死んでしまいました。
女は巳之吉にも息を吹きかけようと巳之吉に覆いかぶさりますが、しばらく巳之吉を見つめた後、笑みを浮かべてこう囁きました。
「おまえもあの老人のように殺してやろうと思ったが、おまえは若くきれいだから、助けてやることにした。だが、おまえは今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はないと思え。」
それから数年して、巳之吉は「お雪」という、ほっそりとした美しい女性と出会います。
二人は恋に落ちて結婚し、10人の子供をもうけました。
お雪はとてもよくできた妻でしたが、不思議なことに、何年経っても全く老いることがありませんでした。
ある夜、子ども達を寝かしつけたお雪に、巳之吉が言いました。
「こうしておまえを見ていると、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出す。あの日、おまえにそっくりな美しい女に出会ったんだ。恐ろしい出来事だったが、あれは夢だったのか、それとも雪女だったのか……」
すると、お雪は突然立ち上り言いました。
「そのときおまえが見たのは私だ。私はあのときおまえに、もしこの出来事があったことを人にしゃべったら殺す、と言った。だが、ここで寝ている子供達を見ていると、どうしておまえのことを殺せようか。どうか子ども達の面倒をよく見ておくれ……」
そういうと、お雪の体はみるみる溶けて白い霧になり、煙だしから消えていきました。 それ以来、お雪の姿を見たものはありませんでした。
雪女は、人に息を吹きかけて凍死させる妖怪だと思っていた人もいるのではないでしょうか?
でも、ただ人を凍死させるだけの怪物ではないんですね。そこには、ちょっと深い意味があります。
雪女の起源
雪女の起源はとても古く、室町時代末期の連歌師・宗祇法師による『宗祇諸国物語』に、宗祇法師が越後国(現・新潟県)に滞在していた際、雪女を見たと記述があります。ですので、室町時代には既に伝承があったわけですね。その後雪女にまつわるお話は、形を変えながら日本全国各地で語り継がれます。
全国津々浦々、様々な雪女エピソードがありますが、雪女に関する本が出版されたのは明治37年です。小泉八雲の『怪談』の中で「雪女」が書かれています。ここで出てくる雪女の舞台は東京なんですね。
東京・大久保にあった小泉八雲の家に奉公していた、東京府西多摩郡調布村(現在の青梅市南部の多摩川沿い)出身の親子(お花と宗八という説)から、八雲が聞いた話が元になっていると言われています。「雪女」の話の舞台が、青梅にあった調布村であるとされたことから、2002年(平成14)に調布橋のたもとに雪女の碑も建てられました。
雪女の正体は?
雪女の正体は雪の精、雪の中で行き倒れになった女の霊といった、様々な伝承があります。山形県小国地方の説話では、雪女は元は月の世界の姫であり、退屈な生活から抜け出すために雪と共に地上に降りてきたが、月へ帰れなくなったため、雪の降る月夜に現れるといわれています。何やらファンタスティックな感じですよね。
また、こんな話も。雪女伝説誕生の背景は、奈良時代から鎌倉時代頃までに起こった仏教や儒教的な倫理観の普及で、女性は男性に従属するべき存在であり、穢れた存在として扱われるようになりました。その影響で、古代から神聖視されていた女神や巫女たちも、異形の存在として扱われるようになります。女神には「豊穣、誕生、純潔」などの正の側面がある一方で、負の部分も存在し、雪女伝説ではその負の部分が強調されているのです。
民俗学者の藤沢衛彦氏の著書「日本伝説研究」では、雪女は山姥によって、一生の純潔の呪いをかけられた少女とされています。この世に紅い雪が降るときだけ、この少女の呪いが解けて、代わりに不正で淫らな鬼女に変わります。この時、あらゆる動物に欲情し、妊娠と出産を繰り返しますが、紅い雪が止むと、産んだ子を残して融けてしまうのです。雪女は、人がつくった倫理観の中で、穢れた女性性を表すためのイメージだったのでしょうかね。
雪女のお話が伝えようとしていること
最後に、雪女のお話は何を伝えようとしているのかを考えてみたいと思います。
日本の昔話の型に、「見てはいけないものを見て罰を受ける」というものがあります。「見るなの座敷」や「鶴の恩返し」などが有名ですね。見るなと言われていたのに、部屋の中などをつい覗いてしまったばっかりに、罰を受けたり、大切なものを失うといった話です。雪女もこの型に当てはまります。
雪女に、「自分の存在を人に話してはいけない」と言われていた巳之吉は、ずっとそのことを黙って生きてきたのに、愛する妻を眺めていて、つい口にしてしまいました。それによって、お雪との幸せな暮らしを続けることが出来なくなり、子どもを一人で育てていくことになります。殺されなかったから良かったものの、巳之吉にとっては大きな罰だったのではないでしょうか。
人間は欲を持ったいきものです。誰でも、禁を破るという欲にかられることがあります。その欲に呑み込まれると、大切なものを失うということを、雪女は教えてくれていますね。
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