現代文化のルーツを探る㊲ 将棋
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最終更新日:2021/06/01
現代文化のルーツ
将棋の藤井聡太棋聖が竜王戦で指した「▲4一銀」という手が、将棋史に残る絶妙手だとネットニュースで話題になっていますね。
皆さん将棋はお好きですか?僕は将棋はあまり得意ではないし、やらないのですが、、、。藤井聡太棋聖の活躍によって、将棋界が活気づいていますよね。18歳とは思えないような落ち着きぶりと言動、どうしたらあのような若者に育つのか、育児中の僕としてはそこが気になります。
さて、日本人にファンが多い将棋ですが、実は日本発祥ではないんですね。将棋の駒には漢字が多く使用されているため、日本や中国が発祥ではないかと思われがちですが、実は古代インドだといわれています。
今日は将棋のルーツと日本での歴史を探ってみます。
将棋は日本発祥ではなかった
将棋の起源は、紀元前2000年頃に古代インドで遊ばれていた「チャトランガ」というボードゲームが原点といわれています。インドで生まれた「チャトランガ」がヨーロッパやアジアの各地に広がり、さまざまな類似の遊戯に発展したと考えられています。西洋では「チェス」、中国では「シャンチー」、朝鮮半島では「チャンギ」、タイでは「マークルック」、そして日本で「将棋」になったということなんです。
日本への伝来時期はさまざまな説がありますが、一説には、奈良時代の遺唐使であった吉備真備(きびのまきび)が中国から持ち帰
ったという説が有力です。伝来ルートは①インド~中国~朝鮮~日本と、②インド~東南アジア~日本のどちらかといわれていましたが、最近の研究では、②のインド〜東南アジア〜中国を経て、日本に伝わったとする説が有力になリつつあリます。
出土した最古の将棋の駒は、1993年(平成5年)に奈良県の興福寺境内から発掘されたもので、駒は玉・金・銀・桂・歩の5種類16点と「天喜6年」と書かれた木簡(細長い木片)も出土しました。この当時の駒はすでに五角形をしていました。
たくさんの型があった昔の将棋
最古の将棋史料といわれるのは、藤原明衡(ふじわらのあきひら)の著書と推定される『新猿楽記(しんさるがくき)』(1058年~1064年)で、これに将棋に関する記述があります。猿楽は平安時代に起こった大衆芸能のことで、新猿楽記は平安京の猿楽見物に訪れた右衛門尉一家の家族構成や生活態度などを述べた諷刺文学といわれています。
その後、時代とともにマス目を増やしたり、駒の種類を増やしたりして、ルールが改正されていきました。この頃に、相手から取った駒を自分の駒として盤上に打って再使用できる「持ち駒」のルールが始まったそうです。これは日本独自のルールで、持ち駒の使用によって将棋はさらに奥が深いものになりました。
将棋が制度化された江戸時代
1716年(享保元年)、八代将軍徳川吉宗が、将軍の御前で指す「御城将棋」を年に一度11月17日に行うことを制度化しました。現在でも、日本将棋連盟では昭和50年からこの日を「将棋の日」と定めて、各地でイベントを行っているんですね。徳川の歴代将軍はみな将棋を愛好していたといいますが、その中でも十代将軍徳川家治は将棋を愛し、七段の腕前だったといいます。
将棋はインドを発祥として、長い歴史の中で駒数や盤面の型、そしてルールを変えながら、多くの人々に愛されてきたのですね。あまり将棋に馴染みがない人も、スマホのゲームなどで将棋に触れてみたら、意外に楽しめるかもしれませんよ。僕も久しぶりにやってみようかな。
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