本の売り方、出版社の在り方に変化
みなさん釣りはするだろうか?
僕は残念ながら釣りをしない。きっとやってみたらはまりそうだし、面白いんだろうなと思う。しかしながら、未だにまともに竿を握ったことがない。小学生の頃に一度だけフナを釣り上げたくらいだ。海で鯛や平目やイカなんか釣り上げたら、気持ちいいものなんだろうなと思う。
イカと言えばこんな本がある。『イカ先生のアオリイカ学ーこれで釣りが100倍楽しくなる!ー』
「アオリイカ学」イカ釣りが学問になったんだ(笑)著者は、現役整形外科医にしてイカ釣りのスペシャリスト。日本、世界を渡り歩く生粋のイカ釣り師だそうだ。イカ釣りに関して研究熱心な先生が書く本だけあって、マニアや釣り人にはもちろんのこと、一般の人たちにも人気なようだ。
この本を出版しているのが、成山堂書店https://www.seizando.co.jpという会社だ。
成山堂書店は「日本は四方を海に囲まれた海洋国家。海、船は日本の繁栄のために必要なものであるから、出版を通じて社会に貢献したい」という創業者の想いから1954年に創業。以来、海事・交通・水産・気象などの専門書を中心に出版している。かたいイメージのある出版社であるが、今この会社では本の売り方や広め方に大きな変化を生み出している。
イチバンの広告は中の人
専務である小川啓人氏と、営業マンの大杉たかし氏、この二人がSNSで実名・顔出しで情報を発信しているのだ。情報と言っても「新刊出ました」とか「この本が人気」とか、そんな通り一遍の売り込みではなく、自分たちの日常生活から趣味、面白いエピソードや、仲間が売っている商品の宣伝など、自社の売り上げにはまったく関係ないようなことばかりをつぶやいている。これまで新聞の書評欄や、マスメディア、交通広告を使って情報を発信してきた出版社には、到底理解ができないことだろう。さらに言えば、現在は出版社のマスコットキャラクターであるペンギンの「なるやま君」のグッズを押しているのだ。先日ぬいぐるみが発売になってそのツイートをしたところ話題を呼び、注文が殺到しているそうだ。かくいう僕も買った(笑)
「それで本は売れるの?」という声が聞こえてきそうだが、おそらくそんなに売れてはいないだろう。この出版社が出しているジャンルは、かなり専門的なものがほとんどで、芸能人が書いた小説や、暴露本のような売れ方はしない。反面、いつの時代も必要な人がいて、ロングセラーを続ける作品が多い。
また、彼らはSNSを使った情報発信で本を売ろうとはしていない。専門書を扱う出版社の中には、一体どんな考えや思いを持った人がいて、どんな日常を過ごしているのか、そういった「人」を見せることによって繋がりを作ろうとしている。彼らのSNSを友だちの友だちとして見つけて、いつの間にか興味を持ち、フォローして追いかけるようになり、コメントやいいねやリツイートで繋がりながら関係性を深めていく。そのうちプロフィールを見て、「あ、小川さんって専門書を扱う出版社の専務さんなんだ」と気づく。こうして認識された人物像は、人の脳裏にかなり鮮明にインプットされるだろう。
そして、釣りや海の本が欲しくなった時、友人が船舶関係の本を探していると聞いた時、水産関係の参考書を探しているというつぶやきを見つけた時、必ずこの二人のことを思い出すはずだ。お二人はツイッターに登録してすでに4〜6年。毎日ツイートして、毎日誰かと交流し、恐らく毎日数千人という人が彼らのそんな動きやプロフィールを見ているだろう。たまに見る電車の広告と、毎日見るお二人の笑顔、どちらが印象に残るか?これから別の出版社の担当者が、同じようなことを始めたとしても、圧倒的な差がついてしまっている。もちろん始めて遅いということはない。是非ともお二人を参考にして、どんどん情報発信をしてもらいたい。
小川氏のツイッター https://twitter.com/mahaloyanyan
大杉氏のツイッター https://twitter.com/suguryun
しかし、なぜ出版社のスタッフがSNSを使って顔まで出して、情報発信をする必要があるのか?
本の売り方、出版社の在り方
日本の出版業界の総売上高は、1996年の2兆6563億円をピークに半分まで減少した。流通量の2~3割はすでにネット通販や電子書籍になっているとみられる。しかし出版社は売り場の確保のため、大量の出版物を作り続け、その結果書店で本が売れ残り、出版社に返品される出版物の割合は4割を超えるといわれている。次のブログで書こうと思っているが、先日の日経新聞に、出版物の流通を担う「取次会社」が物流費の高騰により苦境に立っているという記事が掲載された。様々な環境の変化により、長く続いてきた出版業界における再販制度が本格的に崩れ始めている。よく言われるのはアマゾンの影響だが、しかしそれだけではないはずだ。間違いなく内部的な問題も大きい。
出版不況とはよく言われるが、相変わらず出版はされている。問題は「売れないこと」=「売り方」、そして出版社の「在り方」だと思う。今までの在り方、やり方では事業の縮小は免れないはずだ。そこで、本の売り方から出版社の在り方まで変えていこうとしているのが、前出の成山堂書店の二人だと僕は思っている。
SNSでの繋がりの経済が、どこまで有効なのかはまだ分からない。さらに言えば、猫の目以上にトレンドの変化がめまぐるしい昨今において、いつまでSNSが有効手段として活用されるか予想も出来ない。しかし、恐らく成山堂書店のお二人は、その変化にも対応し、創意工夫のもと新しいやり方と在り方を確立していくのだと思う。いま気づいて動いているということは、ものすごく重要なことなのだ。
今後も成山堂書店に注目していこう。
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