三島由紀夫 究極の小説 豊饒の海
三島由紀夫が語った究極の小説 豊饒の海
豊饒の海という小説は、三島由紀夫のことを知ってる方であれば、読まれたことがあるかも知れません。
この最後の原稿を渡して、その次の日に三島由紀夫は、割腹自殺をします。 豊饒の海を書くにあたって、 三島由紀夫の人生観というのが非常に現れてる。 三島自身が究極の小説といったこの本。 西洋的なものではなく、日本からの小説として描きたかった。 そういうことを言ってます。
おおよそ人の社会にあることは、この中に全て書かれている。
とも語っていますが、これすごいことですよね。
これをどうやって表現したのか。
またその意図は、どういうものか。
全4巻というところにポイントがあります。
これは、日本の神道の考えにある一霊四魂。
タイトルの豊饒の海 豊かな海は何を指すのだろうか?
地球だろうか?非常に豊かな海の恩恵の中に存在する人類。
日本神話では、イザナギはアマテラスに太陽をツクヨミに
大海原をスサノオに治めるように命じた。
そうすると
豊かな海は、スサノオそのものではないか?
スサノオと究極の小説とどのような関係なのか?
そういう目線でも読むことができます。
日本の神道的要素をここに入れて、究極の小説を創った。
一人一巻の主人公。
一巻終わると亡くなって、また生まれ変わるということを繰り返していくんですけども、
一人一人が全て四魂の働きを人生で現している。
(これも大きな意図が隠されていますが、詳しくは本をお読みください)。
一霊四魂という日本古来からある考えを使ったところに大きな意図があります。
四魂とは。
大きな普遍的な霊と四つの魂で人は成り立っている。
そういう考えです。
荒魂(あらみたま)、和魂(みぎみたま)、幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)
四つの魂ごとにそれぞれ特徴があります。
そしてそれは、人それぞれのタイプとしても分類できるものなのです。
三島由紀夫文学館でも少し解説があります。
三島由紀夫文学館による解説
それぞれの主人公を
ずっと俯瞰して見ていている人物も存在します。
万物に宿ってる大いなる霊であり創造主体。
日本では天ノ御中主大神と言いますけども、この一つの大きな存在を
示しているのではないか。
作家というのは、全て意図を持たして、本を作るわけですよね。
三島自身の子供の頃から育ってきた環境。
三島の祖父母や住んでいた場所、これどういう影響を受けて、
育ってきて、また自分がどういったことをこの中で、小説を通じて伝えていくか。
また行動していくか、これが表れてます。
ぜひ一度目を通してもらいたい、素晴らしい作品です。
究極の小説を言い切っただけの内容だと思います。
三島由紀夫の最後の作品にして
究極の小説とした
豊饒の海に書かれた意味がなんだったのか
豊饒の海の4部作
登場人物がそれぞれの巻に生まれ変わって出てくる。
一部の識者は、この部分を輪廻転生という仏教思想と
捉えている方もいる。
もちろんそういう見方も出来るでしょう。
しかし、この本に書かれていることは
以前ベストセラーになった
「聖書の暗号」
を読むがごとく、ところどころにちりばめられている
その意図を掴まないと見えてこないと思う。
三島由紀夫が
そもそもこの小説を何故、究極の小説としたかといえば
人間社会にある全てを映写出来ているからとしているから。
人の性などを描きたかったとみることも出来るし
事実、描いていることに間違いはない。
問題はその描き方だ。
人は様々な価値観を持っており、
人の分類を4つに分け
4パターンの主人公とその特性、美しさ
素晴らしさ、醜さなどを描くことで
人類社会でおきることを描いた。
これは日本では太古から伝わる
一霊四魂、つまり四つの魂(人の特性)
から、創られていることが読み取れる。
豊饒の海の中で
節々に、このことを示す文章が出てくる。
荒魂、和魂、幸魂、奇魂という表現だ。
これは少し、神道に明るい方なら知っている
言葉でしょう。
古くは、日本書紀に大国主神と大物主神が出会う場面
でも出てくる。
少なくても、今から1300年以上前にあった言葉で
その意味も理解されていたのでしょう。
一霊四魂の考えは
身近なところでは合気道開祖で知られる
植芝守平の著書にも詳しく出ている。
武の本質について書かれている
合気道をご存知の方であれば
良く知っている話でしょう。
特に、戦前は一霊四魂というのは
誰でも知っている考えであり
戦後に失われてきたものの一つかも
しれませんね。
三島由紀夫は究極の小説を創るにあたり
この日本精神の源流ともいえる
一霊四魂の考えを明確に知っており
それをもとにして人類社会の出来事を
描いたというのは、慧眼というよりない。
しかし、豊饒の海は人類社会で置きえることを
描いた、それだけでも凄いわけだが、
更に「聖書の暗号」のように
更に深く、その意図をちりばめており
それこそが、三島の凄さだと思う。
人類社会に起こる出来事について
一霊四魂を使い文章を創っただけでなく
そこに自らの思想、考えも取り入れていたという
ことが随所にみられる。
一つは各巻の主人公に共通する
三つのほくろだ。
このほくろの意図は
なんだろうか?と考えたときに
戦前から戦後まで大きな社会的影響力を
もった大本、神道改革者というべき
出口王仁三郎がいる。
王仁三郎にも三つのほくろがあった。
オリオン座と言われているもので
あまり知られていないが文章に書かれている
ことをみると、このほくろについての
知識があったのだろうと思う。
出口王仁三郎 大本という巨大組織を創るだけでなく世の建て替えを訴えた
そしてこの王仁三郎と三島由紀夫の関係は
色々と情報を探しても出てこない。
しかし、ある一点で繋がっていた。
それは、有栖川宮熾仁親王だ。
本来であれば、熾仁親王は
天皇に即位されていてもおかしくない
地位にありながらも
晩年は明治新政府により閑職に追いやれた。
三島由紀夫の祖母がこの
有栖川宮熾仁親王のお宮で使えており
王仁三郎の母とも接点がある
(ここは深い話があるので加治将一氏や出口恒氏の
著書に理由は譲る)
ことが分かっている。
有栖川宮熾仁親王 新政府軍の総督も務めた
さて
この豊饒の海の二巻目には
天孫降臨の下りがある。
ここに、書かれているのは
正当な皇統についての下りだ。
天照大神と素戔嗚尊の誓約により
アメノホシオオミが生まれる
(スサノオの子)
このアメノホシオオミと
タクハタチジヒメとの間に生まれたのが
ニギギである。
これが少し厄介なことは、アメノホシオオミが
天照の子供というように、変わって記載されている
ことである。
アメノホシオオミからすれば、アマテラスは叔母にあたるのである。
つまり、ニニギを天孫降臨の祖とするならば
血統的にスサノオの流れが皇統ということになる。
豊饒の海の中では
このことについても言及している。
古事記、日本書紀に書かれていることと
それを少し曲解していることの矛盾に気づいたといえる。
三島が現したかったこと、
それは「神政復古」ではないだろうか。
神政復古をどのようにとらえていたかということは
細かい部分までは定かではないし、
そこまで考えていなかったと見える。
しかし、その根幹は
霊主体従であり、言霊や日本文化、歴史を学び
神人合一して生きる社会を創るということ。
それが日本として、人類としてあるべき姿だと
考えていたのではないだろうか。
そして
三島は皇室の崇敬も厚い。しかし、その皇統について
は多少の疑念を感じていたのだろうということは読みとれる。
なぜニニギの皇統がスサノオではなく
アマテラスにすり替わっているように見せているのか?
という疑念である。
ここについての記述は見当たらないのだが
世を建て替え、立て直しということを
三島が考えたときに
祖母から出口王仁三郎の話を聞いて
いても何ら不思議はないかもしれない。
実際の行動では神政復古は
出来なかったわけだが
作品にして残しておけば
きっと気づくひとが現れ
その社会に向かって行くだろう。
そういう意味も込められた作品ではないか。
三島由紀夫の豊饒の海とは
凄い作品だと感嘆しています。
石川博信
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