出光佐三 仕事に熱を!
公開日:
:
最終更新日:2023/07/15
偉人伝 ものの見方
出光佐三 出光創業者で海賊とよばれた男としても知られる
出光佐三(いでみつ さぞう)は、日本の実業家であり、出光興産の創業者です。
彼の仕事に対する言葉は、情熱、信念、先見の明、そして社会への貢献といった要素を含んでいます。
出光は石油業界において、常に夢を追い求め、挑戦し続けました。彼の情熱と努力により、
出光興産は成長し、日本有数の石油会社となりました。
彼は「困難を乗り越えるためには、情熱が必要である」と語りました。
また、出光は自身の信念に基づき、石油業界の枠を超えて幅広い事業領域に進出しました。
彼は常に先見の明を持ち、市場の変化や将来のニーズを的確に見極めました。
その結果、出光興産は多様な事業分野で成果を上げることができました。
出光は事業を通じて社会に貢献することを重視しました。彼は「企業は社会に奉仕するものであり、
社会のために役立つ存在でなければならない」という信念を持っていました。
石油供給の安定やエネルギーの効率的な利用など、社会的な課題に積極的に取り組みました。
出光佐三の仕事への言葉には、
情熱と信念、先見の明、そして社会への貢献の要素が組み合わさっています。
彼の姿勢は、成功を収めるだけでなく、社会的な影響力を持つ企業家としての在り方を示しています。
そのため、出光の言葉は今日の経営者や起業家にとっても、励ましや示唆となるでしょう。
熱がないと伝わらない。
住宅のような高額商品の場合には、
社長の想いに共感した!という理由で
新築を任せたという経験はあると思います。
仕事には熱が大事だという話ですが、
海賊と呼ばれた男のモデルになった
出光興産創業者、出光佐三。
創業し苦労の連続でした。
そして、あるときに
せっかく良い新製品を開発したにも
係わらず、中々売れない。
そこで営業に対しこういいました。
【何故売れないのか。それは、熱がないからだ。
君たち、一人一人の熱が足りないのだ!
この製品をつくった技術者をみろ!
少しでも良いものをつくろうと、休みもなく
一生懸命つくり、他社にはない凄い製品を作った。
その思いをしっかり伝えるのだ。
俺がやらなきゃだれがやるのか!
そういう思いをしっかりもつことだ】
その甲斐もあり、
新製品は、徐々にうれていき、やがて海外にも進出して
いくようになりました。
商品や会社を伝える。
熱が大切ですね。
その熱に人は惹かれる。
出光佐三については、多く語られているのでここでは
詳細を省きますが、出光の元技術部長だったかが
先日なくなられて葬儀に参列していました。
花束から電報まで現職の社長から
更に、OB組織である光友会からも出ていました。
生前に出光時代の仕事ぶりを聞くこともでき
色々学ばせていただきました。
ふと、思ったのですが
出光では共働き禁止
だったそうです。
これは出光佐三が、女性が家を守らず
子育てをしっかりしなければ
国は弱体化していく。
女性の分まで男性がしっかり働けば良いのた。
という考えで合ったそうです。
もちろん、幾つか例外もあったそうですが
子供が小さい家庭では決して許さなかったという。
今の働き方改革とは全く違う考えですね。
どちらがよいかどうかはともかく
自分の考えをしっかり持っていたということは
確かでしょう。
戦前から石油という当時としては新しいエネルギーの
事業を開始して何度も倒産寸前まで追い込まれながらも
立ち上がり、世界的事業にしたわけですから
その考えには説得力があります。
出光佐三は
終戦後何もなくなった日本でそして会社で
戦争に行って亡くなったものもいれば
帰還してくるものもいるが
とにかく仕事がない。というか石油自体が扱えない。
国としての戦略物資として見られていたからでした。
そして戦前はしのぎを削っていった競合他社も
ほとんどが外資系になったり国の統治下におかれていた。
出光佐三は、この状況に非常に危機感を感じたという。
先の戦争でも石油は戦略物資としての役割を
まざまざと示した。
もし、このまま日本の石油会社が外資系になっていけば
事実上、国の存亡をかける石油は外資に牛耳られてしまう。
そうなれば大変な状況になる、そう考えた出光佐三は
あくまでも、日本の会社による石油産業を創らなくては
ならないと考えて、度重なる外資からの誘惑には
一切目もくれず、
士魂商才
サムライの魂を商売で現すという言葉どうり
信念を貫いた。
私の仕事は国家の仕事
という誇りを胸に働いているという自負感。
そして日本人という誇りもある。
「私は日本人として産まれ、日本人として育てられ
そして日本人として経営をしている」
終戦後直ぐに社員に語った言葉
「愚痴は言うな。世界無比の三千年の歴史を見直せ
そして今から建設にかかれ!」
そういうものの仕事も全くなかったことも
事実である。
本来石油を扱う会社であったが、
それもないので、とにかく何でもシゴトになるものは
やってみようと行商から漁師、農業から通信など
石油を扱えるまでは、とにかく生きなければならない
ということで必死に行ったと思います。
今の時代も激動期ですが
当時とは状況は全く違いますが
必死に動くということ。
信念をもって進むこと。
これはきっと今にも通じる真理のようなものだと思う。
そして事業にも、男時と女時がある。
どんどん進める時期とじっと我慢する時期と。
そこを良く見定めていくことも大切なことですね。
起業された方も、引き継いで経営者に
なった方もいるでしょう。
この激動の時代に大切なことは
トップのぶれない志であり姿勢です。
トップが5ミリぶれると、社員は1メートルぶれる。
(松下政経塾 初代塾頭 上甲晃氏の言葉)
ではぶれない志や姿勢はどこから産まれるか?
これはまず原点をしっかりつかむことでしょう。
例えば、何故、自分はこの時代に生まれたのか?
どのような役割があるのか?
何故、この地に生まれたのか?
何故、この仕事をしているのか。
何を社会に提供しているのか。
この先どこへ行こうとしてるのか。
このようなことに向き合うことも
時に大切でしょう。
原点を探り、確認し、確信していく。
まず原点を見直す
良い時期に来ているかも知れませんね。
コロナの中、このように従来の方法ではなく
大きく事業を見直し
確信の入った計画を創る。
これが今、大切なことではないでしょうか。
石川博信
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