香取神宮 巡礼記
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最終更新日:2017/05/13
巡礼記
香取神宮 鹿島神宮 息栖神社と並んで東国三社と言われます
鹿島神宮と並んで武の神様として有名です、経津主神を祀る香取神宮と、武甕槌神を祀る鹿島神宮とが、
利根川を挟んで相対するように位置することがあげられる。
神話の世界でも天津神として葦原中つ国へ(出雲の国譲り)の際には武甕槌神とともに、出雲へ下り大国主と国譲りの
交渉を行っている。
どの神様へ出雲へ行ってもらうかという論議がされており、その際には鹿島神宮の武甕槌神が最初ではなく
最初は経津主神しかないということになったが、武甕槌神も行くと名乗りでた為に、一緒に行くことになったという。
これは、鹿島神宮にはこの二つの神が日本を最初に平定したとしているが、ココは少し異論があるところで
大国主によって造られていた国を譲り受ける交渉をしたというのが正しいのではないかと思う。
もっとも、これについても、大国主と事代主の親子で決断していることで、事代主の決断が最終的には
大きな意味を持つと私は考えています。
ま、それはともかく、明治以前は伊勢神宮と並んで鹿島、香取神宮のみが「神宮」という照合を許されており
鹿島。香取の重要性を示しているもいえる。
香取神宮本宮への入り口です
本宮の入り口ですが立派なつくりです
入り口には奉納酒が沢山あります。(写真は1部)
手前には池があります。
狛犬には、「尊皇」「神敬」とあり皇室への崇拝が感じられます
さて、この香取神宮の経津主神ですが、色々な言われがある神様でもあります。
神名である「フツ」というものは、刀剣できられた様を表すとも、「フツフツ」と
魂のようなイメージとか、色々あります。
出雲の風土記では、この経津主神が国譲りの際に下ったとしており鹿島神宮の武甕槌神は
国譲りの際にいったという記述はなく、本当のところはまだ謎というところですが、
天津神の会議での指名をされたのはこの経津主神ということから相当な武力を持っている
神様であろうことは想像できますね。
様は非常に強いので最後の切り札といもいえる神様といえる凄い武の神様です。
香取神宮の御由緒
こちらには護国神社があり、その中に要石がある
要石は鹿島神宮と対とも言われる石があります。
ココの要石は鹿島は凹みに対して凸となっており一対になっているとも言われる
いづれにしても、この東国三社は大変古い歴史もあり、国譲り神話から続き、神武東征にもかかわり
国の大事で武の力が必要なときには活躍しているといえますね。
ちなみに、古事記では、この二神は同一神であるように書かれており
区分がされているかどうかも定かではない。
一般的な解釈では、二神が同一ということはちょっと考えずらいので
やはり二神いたうえでそれぞれ行ったことや役割がちがったのではないかと思う。
香取神宮の要石は山のがけっぷちのホンのわずかなところにあり、
言い伝えにあるように、鹿島神宮からこの香取神宮まで要石が繋がっていたとしたら
どんなものが想像もできず、そしてそれをしっていた古代の叡智というのは
ほんとに凄いと感心するほかないですね。
石川博信
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